12/22/2006    『いじめ』について
もうすぐ今年も終わってしまいます。
(そのまえにクリスマスがあるよ、お姉さん…。)
どうもこんばんは。
今年も寂しくクリスマス&年越し予定の、神流木です。
独りで飲みに行こうかな…バーに。しくしく。

風が肌寒いからか、近頃、ちょっとナーバス気味です。
これじゃいけないと思いながらも、こんな時もあるかと、わりかし前向きです。
(というより、“横向き”(笑)?)

今日は久しぶりに討論会風です。(なんじゃそりゃ。)

以下には、いじめなどの暗いことが書かれていますので、そういうことが嫌いな方は読まないでください。
また、興味のない方はここからお引取りください。

それと、この告白は、管理人、相当勇気が要りました。
ですから、遊び半分や中傷目当ての方は、ブラウザバックしてください。
(できれば知り合いには読まれたくないので、神流木のリアルの友だちは、見ないでください。申し訳ございません。)

では、条件のあった方のみ、続きからどうぞ。
久しぶりの討論会です。
今回の議題は、『テロに対する報復』です。

参加される方、興味のある方は以下からどうぞ。

05/28/2006    人権擁護法案について
どうも、こんばんは。
神流木 貴皇です。

好評だったのか、不評だったのか、よく分からないうちに、チキチキ☆討論会第二弾です(汗)。

今回は『人権擁護法案について』です。

参加される方は続きからどうぞ。
どうも、こんばんは。
神流木です。

今回はいつもと趣向を変えて、『討論会』なるものをやってみようと思います。
実りあるものかどうかは分かりませんが、せめて、こういうこともあるんだ、と思っていただければ幸いですVv

『討論会』なので、コメントによる討論も可です。
結論を出す事は、あえてしません。
自分はこういう考えなんだよ、と言える場所にしたいと思っています。
なので、『討論』は良いですが、それ以外の『中傷』などは、管理人の判断で、容赦なく消します。

討論参加希望者は、続きからどうぞ。
ROMってるのも良いですが、なるべくコメントください。
好評だったらまたやりますので。←好評な事はないと思うがね(笑)。
こんばんは。
今日は暑くなりましたね。
神流木 貴皇です。

皆さんは『先天性橈尺骨癒合症』と言うものをご存知でしょうか?
多分ほとんどの人が知らないと思います。
私も、今日学校の授業で聞くまで、まったく知りませんでした。
橈尺骨とは、腕の前の骨のことで、実際には橈骨と尺骨といいます。
この疾病は、その両骨が体に近い方のところで癒合してしまい、手の動きに制限が出てくるものです。
詳しく知りたい方はこちらを参考にしてください。

発生率も少なく、見た目もほとんど健康体と変わりません。

しかし、いくら少なくとも、その疾病は確かに存在するのです。

これは、先生が実際に遭遇した症例を、私たち生徒に話してくれたものです。
名前や詳しい年はあえて書きません。
ここでは匿名性を尊重させていただきます。


約2・3ヶ月前のことだと先生は言いました。

その日、先生の病院に一人の少年が、母親とともに訪れたそうです。
少年は小学生で、一年ほどバスケをしているのだが、まったく上達しないそうで、それを母親が心配しての来院だったようです。
痛みはなく、見た目に異常はありませんでした。

しかし、先生が少年の動きを見ていると、明らかにおかしいところだあったそうです。

それは、前腕の回内(小さく前ならえをして手のひらが上に向く動作)回外(同じく手のひらが下に向く動作)が極端に制限されている事。
右手だけですが、回内は本来の1/4、回外は1/3しか動かなかったそうです。

手が回らない事がどうしたと思われる方もいるでしょう。
ですが、考えてもみてください。

例えば、おつりを貰う時。あなたは手のひらを上には向けませんか?

例えば、何かを書くとき。あなたは手のひらを下に向けませんか?

例えば、バスケでボールをパスする時。手首を回してボールを押し出しませんか?

何をするにも、手の動きは必要なのです。

この疾病は進行性です。
徐々に橈骨と尺骨がくっついていき、さらに手の動きに制限が出てきます。

その少年は、まだ小学生です。
これからの未来もあります。
そのうえ、彼は小さい頃からピアノを習っていたそうです。
でも、それさえも、手の回外運動が出来ないと、弾くことが困難になります。

『先天性橈尺骨癒合症』は、整形外科で手術をしても、また癒合してしまい、治らないといわれています。
(しかし、近頃では人工の血管とパットで骨の間を空ける新しい方法が考案されました。今のところの成功率は40%だそうです。)

ここまで書いて、私が何を言いたいかというと、
「もし、自分が、若しくは親しい人がこのように何かしらの障害を持ってしまったら、自分はなにができるか」
ということです。

元々障害があるなら、(言い方が悪いですが)多少諦める事もできます。
しかし、出来ていた事が出来なくなるということは、想像以上に恐怖と不安、そして悲しみをもたらすものです。
私自身、こないだ右目を失明しかけました。(今は多少視力が落ちたくらいで何とかなりましたが。)

私は医療関係者(見習いですが)です。
医学の知識はあります。
だから無闇な言葉は掛けられませんし、掛けたくもありません。
その言葉のせいで相手を絶望の縁に落としてしまう事があると知っているからです。

その少年の母親は自分を責めたそうです。
『なぜ、このように産んでしまったのだろう』
『なぜ、気がつけなかったのだろう』
と。

ここで慰めのことばをかけるのも一つの手です。
しかし、医療関係者として、それだけで終わらす事はできません。
何もしていないうちから諦めるなんてしたくありません。

私だったら、私の持ちうる全ての知識と技術を持って、やれる事をしたいと思います。
ただ諦めて未来を生きるのではなく、少しでも楽しい将来で笑っていて欲しいからです。

こんなことを書いてしまいましたが、少しでも不快に思ってしまった人がいたらすみません。

もし、身近に悩んでいる人がいたら、話しかけてください。
一緒に悩んでください。
そして、ちょっとしたことでも良い。一緒に笑ってください。